特別企画 対談

vol.3 「地震と聴覚心理」

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***地震と音の技術*********** 

鳥海 私達にとっても、音の技術というのは物凄く重要なものなんです。他に何か良い方法はないですかね?

坂本 以前、超音波を搬送波にして、そこに音声を乗せるという技術が開発されました。

鳥海 どんな用途で使われるの?

坂本 美術館などで、絵画などの説明音声をスピーカーから流す時に、その絵の正面に立たないと聞こえないようにって開発されたみたいです。つまり、周りの、他の絵を見てる人には聞こえないように。その技術の応用は、他では使えないのかな?と思いました。魚群探知機とか・・・

鳥海 面白いですね。今の話のながれでは、音波はおそらく拡散してます。超音波のように、直進性の高い音源が使えれば、もっと面白いデータが取れそうですね。先ほども話しましたが、今は、ハイドロフォンを沢山並べてやってます。指向性の高い音波を多数出して、計測するというのも考えとしては面白いです。

坂本 その辺は、音響の専門家が入ってアイデアを出して行くと、非常に面白い装置を考え付くと思います。

鳥海 もう一つは、音源も単純なsin(サイン)波でなく、変化していても面白いと思いますね。

*sin(サイン)波 三角関数の正弦波(sinサイン)と同様の波を持つ信号。単一の周波数で構成される音なので解析がしやすいため、物理計測などに良く使われる。

坂本 音響の世界でも物理が専門と心理が専門の方が居ます。互いにアプローチの仕方が異なります。例えば、物理を専門にする方々は、余計な成分が入ってない方が計測しやすいのでsin波を多用します。心理を専門にする方は、もちろんsin波も使いますが、例えばノイズとか、色んな信号を使って、その応答を調べますね。綺麗な応答波形でなくて良いですから、心理実験は。

鳥海 我々も、断層を例にとれば、実際に知りたいのは一般的な構造ではないんです。連続的な綺麗な状態が知りたいのではなく、ありのままの状態が知りたいわけです。変化の状態を知りたいわけです。

坂本 一般的な物理屋さんのシステムは、線形システムがベースですから、そのへんは見えにくいかもしれませんね。それは、聴覚の世界でも同じです。人間の感覚は、非線形ですから。

*線形システム 数学的に単純(一次の項)な関数で表現できるシステム。

*非線形システム 単純(一次の項)な関数で表現できず、高次の項を含んだり、未知の関数を含むシステム。

鳥海 私どもの一番の関心ごとは、「膨大なデータ量の地震シグナルを、どのように理解するか」ということなんです。そこで起こっている、状態の変化が知りたいんですね。それは、非常に強い非線形性を持ってる。本来、ギューと押して線形的に割れるのではなくて非線形的に変化して、スパイクが出て、割れるわけです。また、そのスパイク群から、その物理的状態がどのようになっているのか知ることで、新たな発見が出来る。

*スパイク 瞬間的に上昇・下降する信号

坂本 聴覚モデルを作るプロセスに似てますね。耳の奥にある内耳は、言わば周波数分析器なんですね。それで・・・一般的な計測器で周波数分析はできるわけです。でも、だからといって、人が音を聞いているモデルは簡単にはできない。人間にはムラがありますから。感覚というか。それは、つまり非線形ってことです。ですから、それが難聴になったりすると、もっと大変!数学的に解くのは、とても難しくなりますね。

*モデル ここで言うモデルは、対象とする事がらと同様の動作や反応をする数式やシステムのこと。

鳥海 我々も、地球内部を探る。そこは、均一な状態ではないわけです。そこで起こるような、起きている現象が出す“音”は、その周辺で起こる、起きている“音”の性質と違うんです。つまり、音のキャラが違うんです。キャラの違いが何か?を理解する必要があるわけです。

坂本 なるほど。

鳥海 プレート境界は柔らかいわけです。そこは、ヌルヌルした、柔らかい音を出すんです。上の部分は硬い音です。だから、ビィビィビっていうわけです。場所に応じて、特徴があるわけです。そして、時間軸で、変化していきますので、また違った音がするんです。それを、拾う必要があります。

坂本 それを、関数と言ってはなんですが、モデル化される作業はされているんでしょうか?

鳥海 はい。最近はそのような考えで取り組まれています。そこから、見えてきているのはプレート境界の深いところでは”ヌル”という地震が多いということ。途中は、”バン”って割れるんですが。ギリギリの海底のところまでくると、また、”ヌル”なんです。先端では、”ボワ・・・ン”って変調波が出来ちゃうみたいな。そんな現象が起こってますね。

坂本 面白いですね~!

鳥海 やっと、個別には見えてきたわけです。ここからは、統括的に。プレート境界では特徴的に、時間的にも、深い所、浅い所、中間の所では力学的に、どうコネクトしているのか、それを知りたい。そういった視点は、あまりもっていなかった。

坂本 モデルが出来上がれば、何が起きているかが解るわけですね?このモデルの時の、この部分で、スパイクが”ポン!”と起きた時は、どのような変化になるのかが見えてくる。

鳥海 そうです。そういう状態を見ないといけないんです。

坂本 モデルがないと、起きたということは分かるけど、後は予測で判断するしかないわけです。モデル作りの良いところは、どんなに良いモデルを作っても、必ず、現実とモデルの間に“ずれ”を生じる。でも、その“ずれ”を、見ることで、中で何が起きているかが見えたりしますね。モデル作りをやらないと、ずっと見えない。

鳥海 何も見えないです。それは、個別論でしかないわけです。

坂本 聴覚の分野では、「聴覚の心理物理特性」って言ったりします。それに近いかもしれません。

鳥海 つまり、スタンダードモデルが、「単に理想的な物体を破壊して割れました」という訳ではないんです。地球内部で、”ギュー”っと押されて割れましたってことではないんですね。プレートだってはっきりとした境界があって、均一で押しているわけではないし、均一で引っ張っているわけでもないんです。

坂本 でも、テレビで地震のメカニズムの説明を聞くと、(*図1)単純にプレートが沈み込むときに、他方のプレートの端を巻き込んでやがて、巻き込まれたプレート端が、反発して跳ね上がり、それで地震を引き起こすという説明をしています。それですと、なんか、すごく単純なメカニズムなのに、優秀な人たちが国の予算を使って、なんで簡単に予測できないのかな?って、一般の人は思ってしまいますね。


図1

鳥海 そうなんです。あの絵を見せられると、地震の発生のメカニズムが簡単なものだと思われてしまいます。本当は、そんなことでは、ないんだってことです。

坂本 どの研究分野でも同じですが、簡単にしないと一般の人には聞いても貰えないですから(苦笑)

鳥海 そうですね。少し視点を変えて日本列島ではなく、ビルを例に取ってお話をしてみましょう。仮に、高層ビルに地震計をつけてモニターしてみる。具体的なイメージは、1m置きに地震計をつけて、モニターしてみます。経年変化で、どのようなシグナルが出るか観測します。おそらく、“ビィビィ”と信号が出て、それで1mm以下の大きさの、内部の“割れ”がキャッチ出来るはずです。

坂本 なるほど。

鳥海 ビルの構造、自重、四季の温度、湿度などを同時にモニターすれば、建物の変化が見えるわけです。

坂本 音響の世界でも多点マイクの計測技術は進んでますから、簡単に出来ますね。そこまでやらないとモデルは見えてこない?

鳥海 そうです。そこまでやらないと見えてこないですね。有限要素解析などで、ある程度は分かっているわけです。但し、バリバリバリバリと壊れると、その理論は歯が立たないなずです。

*有限要素法 物体を仮想的に有限の大きさの要素(有限要素)に 分割して、物体を要素の集合体として数学的に解析する方法。

坂本 バリバリと壊れると・・・ですか。

鳥海 9.11(2001年アメリカ同時多発テロ事件)で、ビルはどうなりましたか?ポッキンと折れたわけではないです。頭の中では、ポッキンとビルが折れると思っていました。多分ほとんどの人が。

坂本 でも・・・。

鳥海 そう。グチャグチャになってしまった。実際に、アメリカは大きなビルの解体にはダイナマイトを使用します。ビルを破壊するウェーブ(衝撃波の動き)は知っていたはずです。

坂本 でも、それはダイナマイトであって・・・飛行機でも同じ現象が起きるとは想像しにくかった。

鳥海 他にもこんな例があります。2000年に三宅島で雄山が噴火しました。カルデラが新しく出来たんですね。元々、小さいのはありました。噴火によって噴火口の地下が空っぽになってしまったので上の山体が落ちてしまった。岩石だけが落ちるのかなと思ったら、下に向かってザァと崩れていったんです。最後は、砂山ができてしまった。この例から、何をお伝えしたいかと言うと、ビル一つでも単純な破壊の様子ではないということ。破壊の最終局面は、”粉砕”ということです。*カルデラ 火山の活動などによって出来た大きな窪地。

坂本 では、日本の高層ビルも内部に小さなクラックがあるということは、その部分に衝撃が加わり破壊のウェーブが起きたときには・・・怖いですね。

鳥海 そうです。


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