特別企画 対談

vol.7 「サウンドサイネージと聴覚心理」

*「Sound Signage(サウンドサイネージ)」とは、音声に寄る情報提供を実現する媒体として、ヤマハ株式会社が提唱する概念です。

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坂本 第7回目ゲストは、㈱ヤマハビジネスサポート室井さんです。宜しくお願い致します

室井 宜しくお願い致します。

坂本 対談の前に、室井さんと弊社の関係について読者の皆さんにご説明させていただきます。実は室井さんとは今日が初対面です(笑)

室井 はい(笑)

坂本 以前、ある研究会で杉井様(現、株式会社ヤマハ製造企画室)とご一緒になったことがありました。当時、杉井様から「TENORI-ON」のご紹介をいただきました。その後「VOCALOID™」の企画などにも携われているというお話を伺っており、今回対談をお願いしたところ、聴覚心理というキーワードであれば、室井様が携われているTLFスピーカーの方が弊社の対談にマッチするであろうということで、室井さんをご紹介いただき、本日の対談となりました。

*「TENORI-ON」16×16のLEDスイッチによって、誰でも視覚的・直感的に作曲したり演奏することができる。光と音のインターフェイス。岩井俊雄氏とヤマハのコラボレーションによって生まれた商品。

*「VOCALOID™」はヤマハ株式会社が開発した歌声合成ソフトウェアの名称で、登録商標です。

坂本 まずは、双方のお仕事(事業)についてお話したいと思います。室井さんのお仕事(事業)についてお教えいただけますか?

室井 ヤマハのホームページでも紹介されていますが、商品としてはTLFスピーカーになります。もうひとつは、サウンドサイネージという概念で事業を作っていくということになります。

ヤマハ室井様

株式会社ヤマハビジネスサポート メディアワークス事業部 サウンドサイネージ プロデューサー 室井 國昌様

*TLFスピーカー:厚さわずか1.5mmで音を再生することができる静電スピーカー

*サイネージ:広告、看板

坂本 もう少し詳しく、サウンドサイネージという概念で事業化されていくということは、どのようなことになりますか?


( YouTubeリンク ポスターになるスピーカー TLF Speaker )

室井 実は、音で的確に相手に情報を伝えるのは非常に難しいですね?

坂本 はい、難しいです。

室井 また、スピーカーの良い音、悪い音の定義って、非常に曖昧ですね?

坂本 私もそれは思います。

室井 ですから、良い音、悪い音の概念だけで商品開発をしていても、他社との差別化は難しいですし、商売上の価値創造には中々ならないわけですね・・・なりにくいと言うか。

坂本 はい、すごく良く分かります。

室井 私がセンター長になった時には、TLFのプロトタイプはありました。最初は、Hi-Fiオーディオ用のスピーカーとして目指していた部分もあった様ですが、低音域は出ないし全然駄目だったんです。

坂本 そうですか。

室井 開発者も(TLFは)Hi-Fiオーディオ用には向かないということは、薄々気付いていた時期でもあったんです。オリジナルは早稲田の山崎先生が作られていたので、色々と教えを受けながら試作をして行きました。

坂本 山崎先生。良く存じ上げています。

室井 山崎先生から教えて頂いたことをベースに、研究所でフレキシブルな布状のスピーカーを試作していました。その応用例で研究担当者が旗のようなスピーカーを作っていて、デモしてもらうと性能としては指向性も強くフレキシブル性もあるので非常に面白かった。面白かったので「もっと大きく作ってみよう」ということになって、A0ぐらいのサイズを作らせてみました。

坂本 どうなりましたか?

室井 試験すると理論どおり(TLFで再生された音は)平面波で直進性が良く、減衰も少なく50m、80mも届いたんです!つまり、50m、80m届くということは遠距離でも情報が伝わることが確保されるわけですから、人に情報を伝達する情報伝達用のスピーカーとして考えてみようという開発コンセプトになりました。そうなると、オーディオ機器のような音の良し悪しについてではなく、情報がどの程度伝わるかを考えれば良くなります。

坂本 なるほど。

室井 開発を始めて、材料などの見直し、コストダウンを図ったりして、原型が出来上がりました。次に、どこに使えるかな?と考えたときに、情報を伝えるんだから伝える情報に価値がないと誰も扱ってくれないし、価値のある情報って何かな?って考えたら、一番価値が高い情報は商売に結びつく情報だよなって。つまり、広告とか販促だなと思いました。

坂本 それで、まずはサイネージということに?

室井 それに加えて、この業界は新しい物好きというか、他社と違うことにチャレンジしてみようみたいな感じが強いので、そこからアプローチしていくのが良いだろうと考えました

坂本 結果は如何ですか?

室井 発売を始めてから1年半位ですかね。新しい概念なので、これからですが、やっと少しずつ認知も広がって来ました。使い易さなど、お客様の声も採り入れながら今も改良していますので、これからが伸びて行く時期だと思っています。

坂本 TLFは杉井さんからも情報を聞いていましたし、資料なども拝見して、私ども(オトデザイナーズの考え方)と共感するところがあるのではないのかなと思っていました。今お話を聞いて、やはりそうだなと思いました。

室井 そうですか。坂本さんのお仕事(事業)についてお聞かせいただけますか?

坂本 はい。読者の方はご存知ですが、私はリオンで補聴器の開発をしておりました。また音響学会では、聴覚研究委員会に所属しておりまして委員なども歴任しました。先ほどお名前が出た山崎先生が主に参加されているのは、電気音響という分野になります。メーカーの人たちもかなり参加されているので、実用化しようという感じが強い研究会です。聴覚研究会はNTTの研究所の研究員を除いて、メーカーで参加しているのは、ほとんど私だけでした。40年の歴史があるんですが、NTT(旧電電公社)以外で委員になったのも私だけでした。面白いことをやっているのに、世の中に出てない研究成果や技術がたくさんあるので、自分がやろうと思ったのが会社を設立したきっかけでした。

坂本

坂本 真一 「伝わる」技術 著者 オトデザイナーズ代表取締役 工学博士

室井 そうだったんですか!

坂本 音の仕事をやっているというと、先ほどの良い音、悪い音については必ず聞かれます。多いのは、中小企業などで特徴的なスピーカーやオーディオ装置を作られている会社さんってありますね?

室井 あります、あります!

坂本 そういう会社の製品資料を持って来られて、この装置から出る音は良いのだろうか?っ相談されることがあります。そういう時は、いつも「ご自分で試聴してみて下さい」ってお答えします。良いなと思えば買えばいいし、音が悪いなとか、価格のわりにはちょっとなって感じれば買わなければいい。良い音、悪い音ってそういう世界のものですよ。正直、昔に比べたら、家電量販店などで売られている安価なオーディオ装置も、かなりハイクオリティになっていますから。

室井 そう、本当にハイクオリティになりました。

坂本 ハイスペックの装置の音について聴覚心理的に考えても、大部分の人は(音質の物理的な違いの)聞き分けは出来ないと思います。だから、オトデザイナーズはオーディオ装置の音の良し悪しについては関わらないという姿勢でやっています。そういうものは、あくまでも個人の主観でご判断下さいと。

室井 それは正しいと思います。

坂本 オトデザイナーズは、音の良し悪しよりもコミュニケーションですね。「伝わる」「伝える」です。弊社がサウンドサイネージを考える時の悪しき例として、スーパーマーケットや量販店でスピーカーから流れてくる大音量の音楽であるとか、安売りの案内ですね。「安いよ!安いよ!」みたいな音。不快な思いをさせているのではないか? 実際に必要な情報を伝え、伝わっているのかな?と疑問に思います。それらのことを聴覚心理に基づいてしっかりとご説明をしていくというのがオトデザイナーズの事業の中核となります。

室井 なるほど。

坂本 聴覚心理というとあまり馴染みがないかもしれませんが、今ご説明した広告関係だけでなく、音を使用している物やサービスであれば、何にでもご提案できます。例えば飲料メーカーでは、プルタブを開けた時の”プッシュ”という音で、中の美味しさを伝える音の効果測定や、アパレル関係ですと衣擦れの音から安価な素材であっても着心地の良い感覚を引き出せないかなど・・・。聴覚心理って、コニュニケーションから商品開発まで多岐に渡って相談を受けることが出来るんです。

室井 車などは快音設計をしている話を聞きますが、車の動作音とかはやられていないんですか?

*** 平面波ってなに? ***

坂本 自動車会社は大学の研究機関とは良くやっていますね。弊社では今のところ実績はありません。分野が多岐に渡っているということですと、任天堂と「キキトリック」というゲームを共同開発しました。私が思っているのは、音って大音量で流せば誰の耳にも入りますが、伝えたい情報が伝わっているかというと、必ずしもそうではないということです。「音が聞こえている」と「伝わっている」は、まったく違います。TLFは、点音源ではなくて平面波で音を送りますから、大音量でなくてもいい訳ですよね?

*点音源:音は360度全方向に拡散して伝播するので、以前は、スピーカーは小さいほど理想の音波の伝播「球面波」に近づくと考えられていた。その球面波を目指したスピーカー設計の考え方。一般的なオーディオ用スピーカーの多くは点音源。

*平面波:点音源とは反対の考え方で、“点”ではなく“面”で発音する考え方。音が拡散しにくく、直進性が高いので、近年、注目を浴びている。

室井 はい。TLFは平面波で送りますから大音量でなくても大丈夫です。今、言われたように、音って大音量の方が伝わるというか、聞こえるというのは物理的な事実としてあります。そして、サウンドサイネージの分野では、音で気付きを与えられるということは、以前から皆が知っている事なんですね。ただ、今までは通常のスピーカーしか使えませんでしたから、、上手く使えていないか、単純に大きな音を出して撒き散らしていて迷惑をかけているかです。ですから、普及もしないし評価もされていないんだと思います。

坂本 そうだと思います。

室井 TLFは、狙ったところは遠くても音が届きます。また、(音が拡散しないので)狙ったところにしか音を出しませんから、周りの人には迷惑をかけません。また、実証実験も済んでいますが、周囲の暗騒音レベルに対して、それよりも低いレベルの音でも気付きを与える効果があるという実験結果も出ています。普通のスピーカーと比べると、気づきを与える効果に明らかに差が出ているというのが分ります。暗騒音の中でも聞こえるということは、インフォメーションをしっかりと提供できる。つまり、TLFスピーカーは、普通のスピーカーと比べて伝達効率が高いというのが私達の主張です。

*暗騒音:ある場所で、特定の音を対象として考える場合に、対象の音が無い時の、その場所における騒音。オフィスやリビングの空調機の音などは典型的な暗騒音である。

坂本 以前、平面波スピーカーを作られている中小企業さんから雑談程度にお話を伺ったことがありまして、平面波スピーカーを小さく作れる技術を持っているので携帯電話のスピーカーに利用できないかって・・・当時、私は、単純に平面波スピーカーだったら、大きいのを作った方がいいんじゃないですか?って話した記憶があります。

室井 そうです!基本的に平面波スピーカーの性能は面積ですから。

坂本 平面波スピーカーなのに小さいのは勿体ないんではないですか?って。小さいと点音源と変らなくなっちゃいますからって言ったのかな?

室井 そうですね。面積が小さいと遠くに行くと点みたいなものですからね。

坂本 野球場のアナウンスって「ワァンワァン」って、何を言っているか分らないから、外野席の看板なんかに利用してみたら、もしかしたら聞きやすくなるんじゃないですか?って、あくまでも雑談レベルですが、そんな話で終わってしまいました。単純に、昔からスピーカーは大きければ良いと言われていましたが、平面波スピーカーですと尚更ですよね。大きくなると邪魔になるし置く場所も限られますが、そういう意味ではTLFスピーカーは、そんな問題を解決していますね。

看板スピーカー

室井 お客様へ訴求するポイントとして、面積を出来る限り大きく使いましょうとお伝えします。しかし、実際には置ける面積も限られますので、小さい物の要望もあります。ただ、原理的には大きければ大きいほど良いわけです。大きいとその前面のみに情報を受け取れる=聞こえるエリアの確保が出来ます。エリアが確保出来るとそのエリアの中でしか音が聞こえませんから、周りに迷惑が掛かることも無くなります。エリアの中では音圧が低くても伝わるし、遠くで鳴っていても、聴感上は耳元で「囁く」感覚で、非常に個人的なメッセージとして受け取れます。

坂本 拡散しないから、(音の)位相がずれないんでしょうか?

*音の位相:音が空気中を空気の波として伝搬する際の、その波の相対的な位置。完全に重なった波同士は、位相の差(ズレ)がゼロということになる。

室井 そうです。先ほど説明をさせていただいた聴取できるエリアの中では直接音の比率が高いので、様々な遅延、位相を持つ反射音が混在し難いですね。

坂本 実は、聴覚心理的には、位相ってどれくらい聞こえに影響があるのか?ということは、まだまだ分っていないところも多いような気がしています。補聴器のメーカーにいるときに、右と左に違う補聴器を着けて貰って、いくら計測しても音のレベルなどの値は(両耳で)同じなんですが、着けた人は明らかに(左右で)音が違うって言うんです。調べたら位相だけ反転してたんです。アナログ回路の時代だったんですが、位相って関係あるんだぁって、その時にすごく思ったんですよね。

室井 そうですか。

坂本 位相って物凄く大きなファクターで、平面波になると実は気にしなくて済むのかな?って思いました。平面波の場合、音の反射も減りますしね。うん?反射が減るというのは違うのかな?

室井 そうですね。反射が減るというよりは、散乱しないということですね。

坂本 そうです!そうです!「散乱しない」ですね(笑)

室井 この前、実際にやってみたんですが、マイクでしゃべってTLFから音をだして、その前で自分の声を聞くと物凄い残響感です。お風呂場でしゃべっているような感じです。

坂本 ほぅ!?

室井 自分がしゃべっているとそういう感じですが、他に一緒に立っている人がTLFの音だけ聞いていると残響感ゼロなんです。

坂本 へぇ。

室井 自分の声そのものと、TLFから出てくる自分の声が自分の耳に入ってくる際の時間差が残響感として表れますね。普通のスピーカーでもディレイ(遅れ)は生じますが、散乱による残響感が全然違います。普通のスピーカーは部屋の中で鳴らすと散乱して、反射波が同じタイミングじゃなくて、色々なタイミング(ディレイ)で来ますね。

坂本 そうすると、残響感としては感じなくなるのですか?

室井 部屋の響きとして感じる。例えるなら、普通のスピーカーだと大浴場みたいな感じ。TLFで聞くと家のお風呂で聞くような感じです。

坂本 その表現は分りますね。

室井 本当に、残響感は全然違いますよ。

坂本 大きな病院の待合室なんかで思うのは、スピーカーで「○○さん何番に入って下さい」ってアナウンス。いつも「聞こえないだろうな」って。特に高齢者は聞こえてないかなって。実際に右往左往していますしね。病院って、打ちっぱなしの壁に普通のスピーカーで、しかも聞こえないとまずいと思って物凄い音量を上げているから、音が割れていますよね。高齢者じゃなくても聞きにくい。病院の受付って、聴覚心理的には結構めちゃくちゃです。そんな場所にはTLFは最適かもしれませんね。

室井 そうですね。TLFは、低音域はあまり出ないです。我々が言っているのは、低音域を出せば(音楽を聴くときなどの)音は良く感じるが、人の声の明瞭度(言葉の聞き取り)は、かえって落ちる場合もあると。TLFでは、原理的には下の方(低音域)はカットされているのですが、それが逆に声の明瞭度を上げているのです。遠くになると低音域は拡散しやすいので段々レベルが落ちていきますが、高音域成分だけが残ってきますので80m先で聞いていると子音の部分”さしすせそ”なんかは良く聞こえます。母音は段々落ちてきますが、言っていることは、ちゃんとわかるんですよ。遠くでも、低レベルで情報伝達能力が高いのは、その特性が効いていると思っています。

坂本 私から日本語音声の聞き取りについて読者の皆さんに解説をさせていただくと、母音は低い周波数帯(低音域)のエネルギーが強く、子音は高い周波数帯(高音域)のエネルギーが強い。だから、音響の専門家でも、母音は低い周波数を強く、子音は高い周波数を強く出せば言葉が良く聞こえると単純に考える方がいます。しかし、音声は連続的に母音と子音が続いているので、母音と子音の両方のレベルを上げたら、うるさいだけですね。低音域が出れば母音が聞こえるから良いのではないかという感覚を持たれるかもしれませんが、私は逆の考え方で、母音は低域にエネルギーがあるが、人間が音声を知覚しているのはそのエネルギー自体ではなくて、そこから生み出される高調波成分がメインだと思っています。だから、低音域って、出しすぎると、うるさい上に、高音域にある子音や高調波成分などが、かえって聞きにくくなる場合があります。

*高調波:音楽分野などでは倍音とも呼ばれる。ある周波数成分を持つ波に対して、その整数倍の高次の周波数成分のこと。

室井 実験してみると明瞭度は落ちるんですね?

坂本 落ちると思います。高齢になれば高い方の聴力が落ちてきますので、低域を出しすぎると余計に落ちると思います。高域を強調するというよりは低域をある程度落とした方が、全体的な明瞭性は上がるうえに、トータルのエネルギーとしては少なくて済みます。伝えたいことが伝わるということになるんだと思います。もちろん、そう簡単に行かないシチュエーションも多々ありますが。少なくとも、音楽と同じノリで、重低音で”バンバン”声を流せば伝わるのではないかというのは間違いです。音楽を聞くスピーカーとは、話が別ですもんね。

室井 別ですね。でも、それが違うという認識を持たれている方はまだ少ないですね。

坂本 TLFの機能として、折りたためるのも良いですね。半分に折っても大丈夫ですか?

室井 ある程度は折っていただいても大丈夫ですが、折り目が付くほど折ってしまうと、振動板が駄目になってしまいます。丸めて頂く分には大丈夫です。

坂本 丸めると特性は変りますかね?

室井 ほとんど変わりませんが、丸めると平面波ではなく拡散する形になります。

坂本 でも商品としては画期的ですよね!