このシリーズも、だいぶ長くなってきました。
ここから読んでも分かるように、ここまでのお話をおさらいしてみましょう。
ベテランの工員さんたちは、工場の機械の異常や不良品の発生などを、機械出る音(異音:おかしな音)で察知する事が出来ます。
ところが、ほとんどの場合は、この異音は、一般の人に察知できるような極端な音ではありません。
普段の機械の音と、ほとんど変わらないと言っても良いでしょう。
ベテラン工員さん達の神業的な”聞き耳力”が、一般の人には決して分からない異音を聞き分けるのです。
一般に、音を聞き分けるには、周波数分解能(音の高さを聞き分ける能力)と時間分解能(音の変化を聞き分ける能力)が重要です。
しかし、ベテラン工員さん達のこれらの能力は、おそらくは一般人と、そう大きくは変わらないと思います。
では、なぜ、ベテラン工員さん達は、工場の異音を聞き分けることが出来るのでしょうか?
ここまでが、前回までのまとめです。
人間は、耳に入って来た音を、内耳で、その音を構成する周波数成分に分解します。
そのために、内耳の中には、有毛細胞と呼ばれる、音を周波数毎に分解するための毛が生えた細胞が数万本も生えています。
内耳が分解する周波数成分は、有毛細胞と聴神経の本数から考えても、とても細かく精密なようです。
ところが、私たちが通常の生活を送る上では、そんなに細かい周波数の情報は必要ありません。
例えば有毛細胞であれば、数十本くらいあれば、言葉の内容を大まかに聞き分ける程度のことは出来る可能性が高いのです。
ですから、私たちの脳は、普段は、内耳から送られてくる
多くの情報を使わずに捨てている
と考えることが出来ます。
工員さん達は、不良品を見つけるために、長い時間をかけて機械や部品の音を聞き続け、注意深く音の違いを観察してきたので、普段は使っていないような細かい周波数情報の中の、不良品を見つけるための手がかりとなる成分を自然と知っているのでしょう。
そして、それを経験値として蓄積し、どんな不良品もすぐにみつける
“スーパー耳技”
としているのでしょう。
「そんな凄い技、真似できるわけがない!」
と思うかもしれません。
確かに、私たちが、いきなり工場に行って、ベテラン工員さんと同じように不良品を見分ける(異音を聞き分ける)のは不可能です。
しかし、私たちは日常生活の中で、意外とベテラン工員さんと同じような“技”を発揮している場合があるのです。
例えば、小さなお子さんをお持ちのお母さん!
子供が朝起きてきて
「おはよう」
と言った、その声を聞いて
「あれ?なんか、おかしい?」
と思い、熱を測ってみたら微熱がありました。
なんてことは良くあることですね?
他人が聞いても、ひょっとしたら、お父さんでも、
そんな微妙な声の違いには気が付かないでしょう。
でも、子供とずっと一緒にいるお母さんなら、その微妙な違いが分かるのです。
原理的には、ベテラン工員さんが部品の不良を見つけるのと同じような
“耳技”
と言えるでしょう。
内耳から脳へ送られている周波数の情報は、おそらくは、皆、同じです。
大差はないでしょう。
ベテラン工員さん達は、その情報の中から必要な情報を見つけ出し、それを活用し、
“気付き”
に繋げているのです。
家族だけではなく、友人や恋人、会社の上司の声や、彼ら、彼女らが出す音
(足音、何かを書くときの音、キーボードを叩く音などなど・・・)に注意を向けて、
微妙な音の変化を見つけてみてください。
仕事や生活のクオリティを向上させるための意外なヒントが、
たくさん隠されていることでしょう。
(2012.8.6)